日々霜

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スピッツは続くのです

ロッキング・オン・グループの読者投稿型サービス『音楽文』に2021年6月頃投稿したものです。

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NEW MIKKEツアーでの「再会へ!」

スピッツとの出会いや、スピッツを好きになったきっかけは全く覚えていない。
物心ついた頃、すでにスピッツは私の隣にいた。

歳の離れた姉が三人いる私は、好きなものも自然と姉の世代に寄っていた。漫画、テレビ、そしてもちろん音楽も。
家には、姉の誰かがカセットテープに保存したらしい、スピッツの『インディゴ地平線』『ハチミツ』『CRISPY!』『空の飛び方』がまとめてあったのを覚えている。私はカセットテープではなくCD世代だったけれど、スピッツの音楽が心地良くて、音も良くなければ、途中で録音が失敗して毎回同じ場所で途切れてしまうカセットテープを繰り返し聴いていた(「空も飛べるはず」の最後のサビの前の間奏で必ず途切れてしまう、あのテープ。今はもう、実家のとっくに処分されてしまったかもしれない)。

少し成長して、お小遣いを自由に使えるようになった頃、自分でもスピッツのCDを買った。今も一番好きなアルバムである『三日月ロック』。そして、当時新譜として発売されて、リアルタイムでスピッツの新曲にありついたことで思い出深いのが『スーベニア』。

 

そうしてスピッツは、気がついたら私の隣にいてくれて、いつまでも離れなかった。でも、私も近づきもしなかったので、スピッツという存在はずっと奇跡であり幻でありハネモノみたいなもので、実体を伴っていなかった。もちろん、私の中で、勝手にであるが。
スピッツと同じ時代に生まれてよかった」とうんうん唸ることがよくあったけれど、スピッツと同じ時代に生きている自覚はそんなになかった。

 

そんなスピッツの実態を拝みに、ライブに初めて行く機会ができたのは、『MIKKE』ツアーだった。チケットは取れない取れないと聞いていたので、取れたときはびっくりしてしまったし、本当にスピッツを生で? 観る? というところで、緊張が止まらなかった。ていうか、本当にスピッツって実在するの? と、結構本気で思っていた節がある。

当日、そこには当然ながらスピッツがいた。奇跡みたいな存在、という印象は変わらなかったけれど、何よりも、最初の感想はスピッツは本当に存在していた」ということだった。

 

そう思ったのも束の間であった。ライブは2019年12月のこと。その後2020年がやってきて、すぐに、今も尚全世界が悩まされている、この状況がやってきた。感染防止のためにライブやイベントの開催が軒並み難しくなり、予定されていたツアーの残りも全て延期、のちに中止となった。
ライブやイベントに関わっている多くの人々の苦しみや悲しみ、やるせなさは、想像に耐えない。ただの観客の一人である私ですら、こんなにも怒りだか不安だか、なんとも言えない感情に襲われているというのに。

そうして、大人になってからようやく実体を確認できたスピッツが、また幻の存在に戻りつつあったときに、Youtubeの公式チャンネルで、2013年に開催し、その後劇場公開された『横浜サンセット』公演の映像をアップしてくれた。スピッツのライブ映像がまるごと一本。なんて豪華なサプライズだろう、と歓喜した。
そのすぐ後に、新曲『猫ちぐら』が発表された。メンバーが皆リモートで収録したとは思えぬ、一体感と優しさに溢れた曲。さらに、感染対策を徹底した上での着席ライブを開催した。私は行くことはできなかったが、ありがたいことに後ほどオンライン上映があったので観た。ゆったりした選曲のみの、非常に穏やかなライブだったが、スピッツの活動にライブはどうしても欠かせない、ライブをやりたい、という熱い想いが溢れていた。
そしてスピッツはまた、2021年3月に新曲『紫の夜を越えて』をリリース。この状況下でも、着々と活動し、それを私たちに知らせ、見せ、聴かせてくれた。

 

そして2021年4月、再開の目処が立たない『MIKKE』ツアーの中止の発表がされた。
しかし、スピッツは諦めていなかった。
「不透明な状況の中であっても、立ち止まっているだけの時を過ごすことはやめようと決断しました」という力強いメッセージとともに、『NEW MIKKE』ツアーの開催が発表されたのである。

 

『NEW MIKKE』ツアーの幕開けは、2021年6/18-19の横浜ぴあアリーナ公演。
私は、奇跡的にまた、チケットを手に入れた。

2019年の12月、初めてスピッツに実体があることを実感してから、1年半が経過していた。
正直、不安はあった。その不安というのは、具体的ではない。こんな状況の中、私はスピッツに会いに行っていいだろうか? ライブが無事開催されるのだろうか? もやもや、ぐるぐる、頭の中で結論の出ない論ばかりが繰り返されていくような、よくわからない微睡だ。それでも、できる限りの感染防止対策を行い、万全の体調で参加することを決めるのは早かった。スピッツが自ら手を差し伸べているのだから、掴まない手はない。

公演は集客数が最大の50%、前後左右が空席で、観客席は市松模様だった。

公演がはじまった。演奏、歌声、演出、選曲、パフォーマンス、その全ては奇跡であり、スピッツだった。心が踊った。発声はせずに、心で叫んだ。手を振って、身体でリズムをとり、踊った。スピッツがライブをしている。スピッツは実在している。あらためて、その奇跡を噛み締めた。

メンバーがMCで語ったのは、ライブをやれなかったことが辛かった、ということ。そして、ライブはやっぱり楽しい、と笑った。ボーカルの草野マサムネ氏が、「止まっていた時計がようやく動き始めたようです」と語った。また、ギターのテツヤ氏が「ある人が言ってました、幸せは途切れながらも続くのです。本当にその通りだと思います」と、あの曲の歌詞を、私たちに含みを持たせて示した。
そして、今日来たくても来れなかった全ての人を気遣ったうえで、それでも、「スピッツはこれからも続いていく」と、宣言した。
スピッツは奇跡のような存在であることは確かだが、私たちと同じ人間であり、私たちと同じように、この現在に生き、この地に立っていた。きっと大きく悩み、自分たちはどうすべきかを考えた上で、一歩ずつ前に進むために、ライブを開催する決意をした。スピッツと私たち、もちろんその場にいない人たちも含めて、スピッツとファンは、そのライブ会場で大きく、強く、繋がった。

感染症と共存しているこのご時世に生きていると、考えたくないのに、考えてしまうことがある。
はたして、私が死ぬまでに、スピッツが活動を停止するまでに、あと何度スピッツに会えるのだろう? ということだ。なぜ、MIKKEツアー以前、私はスピッツのライブに行かなかったし、行こうという努力すらしなかったのだろう、と後悔した。スピッツが実在しているのなら、もっと会いに行きたかった。行けばよかった……。当たり前の日常や、ライブがこんなにも貴重な存在となった現状を呪い、そして、深い海の底に落ちていくような心地になっては、考えるのをやめる。それを繰り返す。
それでも、スピッツはこれまでもこれからも、隣にいてくれることだけは変わらない。そして、「スピッツは続いていく」と言ってくれた。私も、過去や現在を嘆いている場合ではない。前を向こう。一歩ずつでいいから、歩みを進めよう、と思う。
ライブ中、何度も、涙が堪えきれなくなった。やっぱり本当に、「スピッツと同じ時代に生まれて良かった」。

このツアーが千秋楽まで、無事開催されることを心から願う。

最後に。MIKKEツアーは、スピッツの最新アルバム『見っけ』発売を記念したツアーであることは言うまでもない。
そんな『見っけ』の冒頭のフレーズ。それは、スピッツやライブ関係者にとっても、ファンにとっても、長かった道のりを経たこのNEW MIKKEツアーに、あまりにも適している。これを持って、締めの言葉としたい。

 

「再会へ!」