日々霜

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【本】こざわたまこ『負け逃げ』

こざわたまこ『負け逃げ』

 

 

 
内容としては、最低限の生活はできるけど刺激はない、田舎の住民たちをそれぞれの視点からオムニバス形式で書かれた「田舎」の詰まったエピソード短編集。
村中の男と身体の関係を持とうとする足に障害のある女の子。保護者と不倫している教師。漫画家になりたいけれど夢を友達に言うことができない女の子。
田舎が嫌だと思いつつ、田舎にいる人。田舎から逃げたけれど、結局戻ってきた人。
全ての人が、田舎を出る理由も、出ない理由も持っている。

そんな、第11回「女による女のためのR‐18文学賞」読者賞受賞作。

 

田舎の話だったことが、手に取ったきっかけだった。
私は北海道のド田舎出身で、今は東京に住んでいる。
そして、地元には正直良い思い出がない。

 

小中高と住んでいたわけなので、学生時代は色々ありながらも楽しいことは多かったし、大事な友達はいる。でもそういうことじゃない。それは私の小中高の時代的な思い出であって、地元という場所への思い出ではない。地元に関しては正直褒めるべきところが特に見つからない。
最近同じく東京に出てきた姉と話していて、「東京に長くいると、なんだかんだで(地元に)帰りたくなるでしょう?」とか言われるっていう話になり、二人して「全くならないよね」という結論で落ち着いた。
離れても、やっぱり地元は地元なので、様々な噂やニュースが耳に入ってくる。そしてこれは私の地元が異常なだけかもしれないが、良いニュースが本当に全くない。
簡単に言うと、すでに私の同級生だけでも軽く3~4人ほど逮捕されていたり、自死を選んだりした人もいる。基本的には皆親しくはない。それでも田舎で、学校なんてほぼ一つしかないのである。知らないわけはないし、小学生くらいの頃なら遊んだこともあるような人が、様々な理由で警察のお世話になっているのだ。
私がお昼にテレビを見ていたら、聞き覚えのある地元の名前が聞こえ、見覚えのある家がうつり、同級生の名前が事件の犯人の名前として呼ばれたときなんかは、結構本当に固まったのを覚えている。


別に地元の嫌なところってのは、そんな極端な話だけではない。どこを歩いていても、道行く人が皆顔見知り。何かあったら、「○○さん家の娘さんが~」と噂が広まる。「地元が一番よ」「都会は危ない」と、都会に出るのが法律違反とでも思っているかのように過剰反応する人がいる。都会に出たのに結局馴染めず地元に帰ってくる。地元ならではのしきたり・ルールがそのまま常識となる。

 

そういう、無意識にマイノリティを取り締まり、狭い狭い空間が全てだと言わんとするような呪縛こそが私のイメージする地元であり、田舎である。

 

と自分語りが長くなってしまったんだけれど、そういう田舎ならではの閉塞感や劣等感なんかを、焼く、煮る、蒸す、色んなレシピでこねくりまわしたのがこの『負け逃げ』なのだと感じる。


ただ、この物語では田舎の田舎らしさを存分に書きつつ、「田舎は駄目」なんてことは一言も言ってない。田舎にいるから幸せという人もいれば、田舎から出ないと幸せになれないと信じきっている人もいる。人生において周りの環境は影響するけれど、それは人の人生を決めてしまうものではない。だからこそ今作では、田舎を出る人も出ない人も、考えた上での自己決定であることを書いている。


出ようと思ったこともあったけれど、結局田舎に住み続けることを決めた大人。
将来的に田舎を出ようと考えている子ども。


『負け逃げ』では、そんな人たちを書く。ただ、その背景に、確固たる理由なく、無意識的に田舎で生きていくと考えている大人や子どもが多く書かれていることで、田舎の閉塞感を胸が苦しくなるほど与えさせるのがこの小説の魅力なのだと思う。

 

考えて決定した先に希望がある・ない、作者はどちらも言い切らない。ただ、先が真っ暗で見えなくとも、途中に穴があるかもしれなくても、ただただ前に向かって走って行く人たちを応援しているように感じた。
とにかく田舎出身である人にはおすすめしたい。傷に塩を塗りこまれるような感覚があるかもしれない。それでも、死ぬことはない。暗くて暗くて、でも、たまに別の角度からなら明るく見えたりする、そんな小説だと思った。

 

また一人、良い作家さんを見つけて嬉しい。もっともっと読みたい。

ちなみに『負け逃げ』、今なら特設サイト↓で一部読めます。良かったら。

www.shinchosha.co.jp