日々霜

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【映画】羊の木は不穏好きのための作品

『羊の木』について。


!以下、完全ネタバレ有り感想!

 

 

 

たまたま、トークショー付きの上映回(吉田大八監督、優香、細田義彦)を観に行きましたので映画とあわせてその話も少し。

 

ざっとしたあらすじ

更生プログラムの一環として元受刑者を地方都市に移住させるという極秘プロジェクトで、6人を受け入れることになった魚深(うおぶか)市。6人の受け入れを上司に任されたのは市役所に勤める月末一。受け入れる6人は、皆過去に人を殺したことのある元殺人犯だった。


主要キャスト

月末一:錦戸亮
石田文:木村文乃
杉山勝志:北村一輝
太田理江子:優香
栗本清美:市川実日子
福元宏喜:水澤紳吾
大野克美:田中泯
宮腰一郎:松田龍平
雨森辰夫:中村有志
内藤朝子:安藤玉恵
田代翔太:細田善彦
月末亮介:北見敏之
須藤勇雄:松尾諭

 

 

多分この世には「ずっと不穏」な雰囲気のある作品をみるととりあえず楽しくなってしまうって人が絶対数いると思うんですけど(私もそうである)、そういう人にストレートヒットするのが羊の木なんじゃないかな。あらすじだけでもたまらないですよね。

この羊の木の一番わかりやすい良さは、とにかく演者につきるような気もする。
シーン一つひとつは言い方悪いけど地味で、所謂邦画らしい邦画。それを地味で終わらせずに、中に潜んでいる台詞とか背景をじんわり染みさせて、どんどん湿った舞台にしていく。ただ、そこには演者の演技が伴っていないと全く伝わらないと思うのです。そういう意味で、この映画、無駄な演者が一人もいないし、皆が自然体でその役そのものを感じさせてくれたと思う。

主役の月末を演じる錦戸亮については、ドラマ『ラストフレンズ』でDV男の役が凄いハマってたなーって印象で、ジャニーズって各グループに演技枠みたいなのいるけどそれだろうなとは思っていた。
月末は魚深市の市役所に勤めていて、殺人犯6人の受け入れを担うことになるんだけど、その初っ端の受け入れシーンが良い。最初は、まだ自分が迎えに行っているのが殺人犯とは知らされてなくって、数人案内してからようやく知って上司に訴えるも、諭されながらまた残りの人たちを迎え入れるんだけど、彼らを犯罪者と知る前と知った後で表情がぜつみょーーーーに変化するのが素晴らしかった。

それでいて、全員にいつも同じ台詞を言う。「いいところですよ、人は良いし、魚もうまいし」魚深の新しい住人たちに向けて、そう語りかけるときの表情、そして言われたときの6人の表情や反応。それだけで、一人ひとりのキャラクターや雰囲気が伝わってくる、全く説明的でない登場人物紹介シーンになっているのが見事。


6人も、もちろんそれぞれ、良い。

DVに耐えかねて恋人を殺した栗本(市川実日子)は、もはや市川実日子特権だと思うんだけど、台詞がほぼないのに、タイトルである『羊の木』を体現的にあらわす役として十分だし。(羊の木のモチーフの話は、色んなブログですでにされているので私は特に語らない)
後、元ヤ○ザとしての迫力と、感情や状況の寂しさを兼ね備えている大野(田中泯)もすごく良い。そしてとんでもない色っぽさで観客を度肝抜かせる太田(優香)。また、所謂ガラわるいやつ~近寄りたくない~みたいなへらへら杉山(北村一輝)とか。濃い濃い。

後結構印象深いのは、酔っ払ってムカつく上司の首を切って殺した福元(水澤紳吾)。すごい。月末に案内される殺人犯たちのトップバッターを飾るんだけど、トップバッターとしての仕事を果たしすぎってくらいに、刑期明け感を全身がまとっていた。罪を犯したことによる後悔や、自分が元犯罪者だとバレたら……と雇い入れてくれた床屋の主人にびくびくして酷くおびえているのとかも、この映画上である意味典型的な元犯罪者。典型的な元犯罪者って説明が伝わるかどうかわからないけど、多分、あの市役所の「元殺人犯を受け入れるとどうなる?」みたいな思考からは一番想像し得た姿なんじゃないかなと思う。酒を飲まなければまあ小心者っぽいし、かといって酒飲んじゃうと暴れまわるやべーやつ感。全て全力で出てる。凄いなあ。もっともっと観たい俳優さんになった。

そして6人の中であえて最後に名前を出すけど、宮腰(松田龍平)。

 

全人類が興奮するといっても過言じゃない、松田龍平×サイコパスだよ~~!! 怪演開演~~!!

 

と興奮するのもあれですけど、人として歪んでいる飄々とした殺人鬼の松田龍平はきっと誰の胸にもどっかんきちゃうだろう、と思います。素晴らしい。
いちゃもんをつけられて揉みあいになったはずみで人を殺してしまったと語る宮腰は、一見人当たりが良くて、月末とも親しくなったり、子どもと一緒に遊んだり、ギターに興味を持ったり、という風なんだけど、実は初犯ではないという疑いもあるし、作中でもさらっと再犯しちゃう、人を殺すことに対して全く特別感がないという正にサイコパス

全くもってマトモじゃないんだけど、不必要に人を殺してはいないんだよな、この映画内では。むしろ魚深に来たことは凄く嬉しそうで、その日常を一番楽しんでいる。でも自分の過去に犯した罪をつつく存在(また一仕事しようぜ、とか声かけてくる杉山、息子を殺した宮腰が許せず魚深までやってきた目黒)が登場すると、もう殺しというか、処理だな。日常を邪魔するなといわんばかりに。

そんな殺しは本当はやっちゃいけないのはわかっているんだけど、自分はこれまでも、これからも、変わらないしまた繰り返すとも自覚している。それでも、自分を特別扱いしなかった月末の存在は宮腰にとっては少し重かったように思う。そんな月末に、一緒に崖から落ちよう(魚深にまつわる伝説。二人で崖から落ちると必ず一人助かり、一人は死体すらあがらない)と提案して、「大丈夫、絶対月末くんが助かるよ」と言ったのは、自分は信じられないけど月末のことは信じているってことなのかなと思う。でも月末は最後まで宮腰のこと信じていたのにと思うと、切ない。結局飛び込んだ(月末は飛び込まされた)二人への、神様の審判とも思えるあの結末はなかなかにぶっとんでて、びっくりする。首をかっきったり、しばったり、締めたり、とこの映画、やけに首にこだわっているなと思ったら! という全てが繋がる。

 


私が一番好きなシーンは、お祭りで月末の後輩の田代(細田義彦)の所為で、互いが元殺人犯だと知らない6人が初めて交流しちゃうところ。交流なんてかわいいもんじゃない。酒飲んで失敗した福元がすすめられて酒を飲み、案の定暴れる。酒乱だった恋人を思い出して栗本は混乱し、逃げる。ヤーさん大野が止めようとしたらふっとばされ、これどうすんの、と思ったら通りすがるフリして背中を思いっきり蹴る宮腰の姿は、いちゃもんをつけられたときもこうだったんじゃないの、と思わせる。そしてそんな、静かな街ではなかなか非日常的であろう乱闘風景を、昔を思い出すように楽しそうにカメラで撮りまくる杉山……。すったもんだのどんがらがっしゃんなんだけど、「え? ここで映画終わる?」ってくらい見入った。同監督の『桐島、部活やめるってよ』の屋上のシーンを思わせる。カタルシスだわ。これ。

余談ですが、上映後のトークショーでも皆言ってたけど田代が本当性質悪い。6人が元殺人犯だという極秘情報を勝手に盗み見て知っている数少ない存在なのに、それぞれが出会うように仕向けちゃう。「まあ更生してるし大丈夫でしょう」という思考と、「なんか起こるかもワクワク」という思考を両方持っていそうなところが本当性質悪い。

後同じく、吉田大八監督が上映後のトークショーで、羊の木は色んな登場人物が出てくる話だったので、次作るなら、「登場人物が一人か二人くらいのとかやってみたい」と言っていた。私は桐島といい羊の木といい、上記した全員集合どんがらがっしゃん、のシーンに監督のこだわりが物凄く出ていると思っているので、登場人物が少なくなるとどうなるんだろうと少し思いました。それはそれで観てみたいけど。ちなみに『美しい星』はまだ観ていない。


いやー羊の木、観終わった後なんともいえない気持ちになる映画なんですけど、なんともいえなさが好きではあった。後そのなんともいえなさは、EDのボブディランの「Death Is Not theEnd(死は終わりではない)」で浄化されるかも。それでもなんともいえなさが残るのは、それはそれでいい。観終わった後も反芻してしまうのは、なんかある映画なんだよ多分。そんな映画でした。

 

他にも色々思うことがあるし、どんどん考えてしまうんだけどとりあえずこれまでに。

 

最後にトークショーのもう一個余談だけど、杉山の初登場シーンでぺろぺろソフトクリーム舐めてるシーン。北村一輝は甘いもの嫌いなんだって。良いなあ。監督は何回リテイクしたら怒られるかなとびくびくしていたそうな。